攻めより守りが難しい?コミュニケーションにおける「攻め」と「守り」
どうも丸山です。今回は「攻めと守り」という話です。
例えばスポーツにおける攻撃と守備がありますよね。攻める側はどこを攻めるか自由に決められますが守る側は相手が攻めてきた場所に対応しなければなりません。
とはいえ守る側の守り方によっては攻められる場所が限られることもありますので、自由と思いきや誘導されていたなんてこともあるかと思います。
実はこの考え方はコミュニケーションにも当てはまるのです。
会話における「攻め」と「守り」とは?
ただ、コミュニケーションにおける「攻め」と「守り」の関係性ではスポーツのイメージとは少し異なります。会話においては断然攻める側が有利です。
- 話す側が「守り」
- 話を受ける側が「攻め」
となります。
なぜ話す側が「守り」なのでしょうか?
話を受ける側、つまり会話における「攻め」の側がどう思うかによって変わってくるからです。
自分から何か話さなければと感じる場面は一見「攻め」のように感じますが実は相手に合わせる必要のある「守り」なのです。
一方、なぜ話を受ける側が「攻め」なのでしょうか?
それは相手がどのような話をしてきたとしても、その話を「どのように受け止めるか」は自分自身の解釈次第であり、話を受けた側の自由だからです。
相手が「こう思ってほしい」と思って話したことであったとしてもそうではない受け止め方をしても良いわけです。まるでスポーツでどこを攻めても良いように、話を受ける側は「どのように受け止めても良い」という自由さがあるため「攻め」と言えるのです。
なぜ「守り」は難しいのか?
スポーツの例で考えたように、守る側は相手の動きに合わせなければなりません。会話で言えば、話す側(守り)は話を受ける側(攻め)がどのように受け止めるか分からない状態で話を始めます。そして相手に伝わるように、あるいは相手がどう受け止めるかを予測しながら話す必要があります。
相手に合わせなければならない分、色々考えることが増えて何か話さなければと思うとかえって言葉が出てこなくなるようなことも発生します。
つまり、相手の反応や受け止め方に対応しなければならない「守り」である話す側の方が、自分の自由な解釈で受け止められる「攻め」である話を受ける側よりも難しいと言えるのです。
ではどうすれば良いのか?簡単なことから始めよう
多くの人は会話をする時に「自分が話さなければ」という意識、つまり難しい方の「守り」を先に目指してしまいがちです。しかしすべてを同時にこなすのは難しいことです。
そこで提案したいのはまずは簡単な方からやっていくということです。
簡単な方、それは話を受ける側、つまり「攻め」の立場です。話を受ける側は相手の話をどう受け止めるか自由だからです。
また、会話の主導権という観点からも話を受ける側、特に質問をする側が主導権を握りやすいです。質問された相手は話す側(守り)となり、聞かれたことに対して話さなければいけません。つまり自分が話すよりも質問する方が簡単であり、そちらの方が会話の主導権を掴みやすいのです。
ですから「話さなければ」と思ってしまう場合は難しい「守り」を先にやろうとしているのかもしれません。そうではなく、まずは簡単な「攻め」、つまり「話を受ける」で会話に臨むという考え方をしてみるということですね。簡単な方である受ける側攻める側のスキルアップから測っていくのが効果的だと言えます。
まとめ
コミュニケーションにおいても話す側が「守り」、話を受ける側が「攻め」という関係性があります。スポーツと同様に相手の反応に対応する必要がある「守り」(話す側)の方が「攻め」(話を受ける側)よりも難しいのです。
多くの人が難しい話す側を先に目指しがちですが、まずは簡単な話を受ける側、つまり「攻め」のスキルを磨くことから始めてみてはいかがでしょうか。会話の主導権も握りやすい話を受ける側(質問する側)から練習するのも一つの方法です。
ありがとうございました。


