人間関係を楽にする「顔見知り」の力
どうも丸山です。今回は「顔見知り」という話です。
人との付き合いの中で、あなたも相手の人との関係性を様々に区別していると思います。友人、知人、お客様、同僚、上司、部下など、様々なカテゴリーがありますね。どのカテゴリーにおいても「顔見知り」という関係性が私たちの人間関係やコミュニケーションにおいて意外なほど重要な役割を果たしていることについて掘り下げていきましょう。
1. なぜ「顔見知り」が重要なのか?
私たちは全く知らない「赤の他人」に対して何らかの恐れを感じやすい傾向があります。相手のことを全く知らないと思っていると人間関係において壁を感じることもありますよね。これは「知らないものは危ない」という人間の自然な感覚に基づいています。
ということはあなたが相手のことを「顔見知り」だと認識している場合この感覚は大きく変わりますよね。顔見知りの相手に対しては恐怖心よりも安心感を覚えることが多いでしょう。相手のことを全く何も知らないわけではなく少なからず知っている、最低でも顔は知っている、あるいは名前や何をしているかなどをなんとなく理解している状態だからです。友人や知人と呼べるほど親密でなくても「顔見知り」という感覚があるだけでわずかばかりの安心感を感じることができます。
日常生活で周りの目が気になる、他人の評価が怖いなど人間関係においてまず恐怖を感じるということがある場合、あなたから見た顔見知りの人を増やすことが有効です。一方的で構いません。顔見知りが増えると恐怖や不安を感じにくくなります。積極的にコミュニケーションを取ったり自己開示したりすることは難しいと思っていても相手の顔をあなたが知っておくだけならば会話することすら不必要なので簡単ですよね。
2. 「顔見知り」の定義はあなたが決める
「どこからが顔見知りなのか?」という疑問が浮かぶかもしれません。人間関係を築く上では自分が相手をどう思うかだけでなく相手が自分をどう思うかに意識が向きがちですが、正直なところ相手があなたをどう思っているかということは本人にしか分からないので本質的なことではありません。相手に自分がどう見られているかをいくら考えてもそこに答えは出ないのです。
ここで重要なのはあなたが相手のことを顔見知りだと思ったならそれはもう顔見知りであるということです。つまり、あなたが相手のことをわずかでも知っているという認識を持つことなのです。相手があなたのことを全くの他人だと思っていても関係ありません。あなた主体としてあなたの視点から見て「私はあなたのことを顔見知りだと思っています」と思うかどうかはあなたの自由です。友人知人とまではいかなくても一度や二度会ったことがあり相手のことを知っていると思うかどうか、です。
相手を顔見知りだ知り合いだと思うことによって安心感を得ることができます。なぜなら全くの他人ではないと思えるからです。例えば全く知らない人ばかりの集団に一人で飛び込む時の恐怖感と、一人でも知り合い(顔見知り)がいる集団に飛び込む時の安心感は全く違いますよね。
余談ですがメディアでよく見る人に親近感が湧くのもこれが理由です。
あなたが「顔見知り」と思えばもはや相手は他人ではなく「知った人」になるのです。相手がどう思っているかは分からないとしてもあなたが相手に対して「自分はあなたのことを知っていますよ」という態度を示すことが大切です。あなたがそのような態度を取ることでこれまであなたを全くの他人だと思っていた相手の心が徐々にほぐれていくという現象が起こることもあります。
3. 人間関係を楽にするための「顔見知り」という考え方
日常の中で自分から人間関係を拒否したり壁を作って心を閉ざしたりするのではなく、あくまで「あなたから見た相手は顔見知りである」という認識を持つこと が人間関係を楽にする鍵となります。
全くの赤の他人であると思い続けていると相手との関係性は一向に近づかずそこに恐怖を感じる可能性があります。
「自分がどう思うか」という部分は自分で完全にコントロールできる部分です。他者の制限を受けることはありません。あなたが「顔見知りだ」と思えばそれが現実となるのです。
世間から隔絶した世界で生きていきたい、孤独に生きていきたいという人以外は「相手を顔見知りだと思う」という考え方を取り入れてみることでこれまで遠いと思っていた人間関係や関わりがないと思っていた人との間に思わぬ関係性を築けることがあるかもしれません。
ありがとうございました。


